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2011年3月10日 (木)

Pearl Harbor

ハワイ旅行の最終日、真珠湾に行ってきました。一緒に行った大家さんや、大家さんのお兄さんご夫妻は、世代的にいろいろな思いがあるようでしたが、私には正直、歴史の教科書の世界でした。

真珠湾では、戦艦ミズーリやアリゾナなどをバスに乗って移動するようになっていました。

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基地内のため、レンタカーはもちろん荷物も全部預けて、お財布とカメラくらいしか持って入ることはできませんでした。移動中も写真撮影や携帯電話の使用は禁止されていて、軍事施設の中なんだなぁと実感しました。

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私たちが見学したのは、戦艦ミズーリ。太平洋戦争での日本の降伏調印式場となった戦艦で、今はホノルルから車で40分程度のところにあるパールハーバーで記念艦として保存されています。

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戦艦の中には、艦長室はもちろん、キッチンやトイレ、応接室なども、もちろんあります。

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今となっては、日本語ガイドを聞きながら、操縦室でもどこでも大概のところは見ることができます。写真は大家さんのお兄様。

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降伏文書に調印した場所には記念碑があって、文書のコピーもあります。この付近では、ツアーのガイドがジャパニーズが・・・ジャパニーズが・・・と説明しているのがすごく耳に入って、複雑な心境でした。大家さんが一番見たかった場所はここだったそうですが、私の心が一番大きく動いたところは以下のところでした。

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戦艦の脇の部分がへこんでいるのがわかりますか?これが、神風特攻隊が衝突した跡だそうです。

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そして、この写真の左上にうっすら飛行機が飛んでいるのが見えますか?この飛行機が神風特攻隊で、この戦艦ミズーリに衝突する直前だそうです。ミズーリでは誰も亡くならなかったそうですが、この飛行機を操縦していた特攻隊員の体半分が甲板にあったそうです。その体を拾い集め、次の日に同じこの甲板で日の丸を被せて水葬したという写真が以下です。

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きっと私よりもずっと若いであろうこの操縦士が1人で飛んできて、この戦艦に突撃、どんな気持ちだったでしょう。たかがこんなへこみを作るためだけに彼の人生があったわけではないのに。無駄なことなんて、間違っても言えません。彼のご家族はどんな心境だったでしょう。

こういう歴史があって、こうやって今私たちはのほほんと暮らしていられるのですね。どんなにつらいことがあったとしても、こういう人たちの命を無駄にしてはいけないですね。今、こうやって生きていられることに感謝しなくてはいけません。そして一生懸命生きなければいけません。いい旅行になりました。

ハワイ旅行記はまだ続きます!

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コメント

先生は偉いなぁ。そーゆー歴史観って、学校じゃ教えないからね。現地へ行って、自分で考えるしかないってことだよね。毎年、靖国神社に参拝している私なので、なるほどって思っちゃった。

投稿: いわもと | 2011年3月10日 (木) 02時33分

人の生死に関して考えさせられる日が続いていますね。
某国で行われているような同胞や同じ人間同士で憎しみ合い命を奪い合うような状況、天災により何事もなく明日を迎えると思っていた多くの人が命を落としてしまう状況、どちらも本当に辛いですが前者は亡くなった方の魂すら報われないように思ってしまいます。

後半に書かれていた特攻隊の方の記事ですが、この方をモチーフにしたと思われる小説があります。
永遠の0(ゼロ) 著:百田尚樹
機会があればぜひ読んでみてください。お勧めです。

投稿: 勝場 | 2011年3月13日 (日) 01時09分

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